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雑記

プログラミングレッスン

完璧すぎて非の打ち所がない男、ミヤ・マルシェの偉大なる経歴!!

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こんにちは。

会社を辞めて、無職生活を謳歌しています。

マルシェです。

今でこそパーフェクトなヒューマンに成り上がりましたがそこまでたどり着くには苦労もたくさんありました。この記事には「ありのままの自分」を晒してみたので是非読んでみてください。

簡単な経歴

   名前:宮丸裕基(みやまる ゆうき) オス♂

 生年月日:1987年12月20日爆誕

 出身地:宮崎県宮崎市

 出身大学:宮崎大学

 卒業後:熊本の半導体テストメーカーに約6年間勤め、退社

 現在:宮崎で無職(今ココ)

 趣味:行きつけのバーで牛乳を飲みながら、踊りまくること

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お母さん大好きっ子だった幼少時代

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幼少期の口癖は「お母さん!!」だった。

あまりにも連呼するのでばあちゃんが何回「お母さん」と口にするかを数えたことがあるらしいが、1分間に100回を超えたので数えるのをやめたとのこと。

お母さんに会いたくて幼稚園から脱走したことも。

その翌日から、幼稚園の門は堅く閉じられた。

また、子供同士の喧嘩にもお母さんを巻き込んでいた。

友達のひろ君によくいじめられていたのだが、そのたびにお母さん!!包丁でひろ君を刺してよー!!と泣きついていたのを今でも覚えている。

生まれて間もない頃から問題児の予感を漂わせていた。

ゲームと水泳

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自分の小学校時代はゲームと水泳で構成されていると言っても過言ではない。

とにかくゲームが大好きだった。

当時は「スーパーマリオ」や「ドンキーコング」が流行っていたのだが、アクションゲームは
得意だったので友達の間でも一目置かれる存在になる。

みやまるくん!このステージクリアできんっちゃけどかわりにクリアして〜

しょうがないなあ、と言いつつもやる気はまんまん!

クリアしてあげると友達はすごく嬉しそうに自分のことをほめてくれた。

また小学校6年間はスイミングスクールに通っていた。

それもあって小学校のクラスレベルではNO1だったので、水泳の授業が楽しみでしょうがなかった。

クラス対抗リレーではアンカーを務め、ビリからのごぼう抜きで優勝!!

泳いでいる瞬間にもすごい歓声があがっているのがわかった。

「みやまるくんのおかげで優勝できたよ!ありがとう(^O^)」

「いや、みんなの力で優勝できたんだよ♪」

輝かしい小学校時代。

その時は、それが永遠に続くと思っていた。

暗黒期到来

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中学生になると自分の人見知りという一面が表に出てくる。

まともに会話ができるのは一部の仲良い友達とだけ。

いわゆるコミュ障!

面白いことどころか、まともに会話することもできない自分は完全にクラスの陰キャラに。

スクールカーストの底辺だ。

苦痛だったのは週に一回おとずれる、給食を好きな席で食べてもいいですよ!という日。

クラスに友達がいなかった自分は違和感なくどこかの席に紛れ込むことで頭がいっぱい。

しかし、関わっても気まずくなるだけの自分に粋なはからいをしてくれる人はいなく。

ほぼ毎週、先生と2人で給食を食べるのが習慣になっていた。

想定できる範囲内だったが、その想定の中で最も屈辱な結果である。

高校になると更にひどかった。

コミュニケーションが取れないというコンプレックスだけでも大変だったのに次第に自分の容姿にも自信がもてなくなる。

もはやコンプレックスの塊である。

「きもい・・」

何度そう言われただろうか。

だんだん学校を休む回数が増え、高校3年の後半は登校拒否になる。

しかし、受験勉強は家でやっていたので第一志望の大学には合格。

問題から逃げていた大学時代

大学生になると一時的に悩みが解決した。

なぜなら、大学は中学や高校のような密な人間関係から解放されるからだ。

仲が良い人同士でつるんで、自分みたいなコミュ障は見向きもされない。

まさに無の存在。

今まで散々人から否定されてきたので、大学の環境は割と心地よかった。

しかし、それは問題が解決したのではなく、問題から逃げていただけである。

精神を病む

真面目だけが取り柄だった自分は就職活動もまあまあ頑張ったので半導体メーカーから内定をもらうことができた。

しかし、社会に出るということは人との関わりは避けられない。

気が弱かった自分は先輩の嫌がらせに耐えることができず、入社して一年も経たないうちに精神を病んだ。

精神病院に入院したものの、会社員であるというレールから外れることを異常に恐れていた自分は医者の忠告を無視してすぐに会社に復帰する。

孤独、そして決心!!

孤独だ・・

今までは友達がいなくても、家に帰れば家族がいた。

だが、就職して一人暮らしになった今、家族はそばにいない。

自分に足りないのは友達、そしてコミュニケーション能力だ。

孤独な環境に身を置くことでやっと自分の問題とまともに向き合う気になった俺は仕事が終わったら毎日のようにバーに飲みに行った。

バーで会話をすれば会話の練習にもなるし、友達もできるだろうという浅はかな考えだった。

しかし浅はかでも、自分を磨くために行動したのがよかったのだろう。

とあるバーとの出会いによって俺は短期間で急成長することになる。

BAR ONEPIECE

夜の街をぶらつきながらたまたま入ったバーの名前はONEPIECE。

このバーは自分が目を背けて努力するのを怠っていたことをもう一度学ぶチャンスをくれた。

自分にとっての学校だ。

バーに通い始めた最初の頃は当たり障りない世間話をしていただけだった。

だがいつからだろう、俺はONEPIECEの店員2人から説教を受けるようになる。

「お前はそんなんじゃダメだ!!」

ありとあらゆる自分の行動に対してダメ出しをしてきやがる・・

その当時はなぜボロクソ言われているのかわからなかったので正直ムカついた。

なんで金払ってるのに説教されないといけないんだ!俺は客だぞ!

しかし、よく考えてみると客商売なのに客に説教してもメリットがないどころかデメリットしかない。

今までこんなに真剣に自分と向き合ってくれる人達は初めてかもしれない。

こいつら実は、いいやつかも・・

もっと関わってみたい。

その日から毎日のようにONEPIECEに通った。

「ラインだって会話と同じだ、連投するな!」

「お前はこのバーでまず友達を10人作れ!彼女なんてそれからだ!!」

説教されて落ち込んで、それでも通うのをやめなかった。

そして3年くらいが経過しただろうか。

「宮丸、変わったよね」

自分でも変わったという実感があったので驚きはしなかったが嬉しかった。

すごい嬉しかった!

俺は変われたんだ!!

変わることができた!その自信は今の俺を根深いところで支えている。

自由な生き方を目指して

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6年間勤めた会社を辞めて、今はフリーランスとして活動している。

理由は自由に生きたいから。

特に人間関係。

組織に属するとどうしても嫌いな人間と関わらないといけない。

それが仕事だと耐えている時期があった。

しかし嫌な人間関係で消耗した俺の目には輝きがなかった。

プライベートが楽しめない。

最も大事にすべき仲間と遊ぶときに元気が出ない。仕事のせいで。

ふざけんじゃねえ!!逆だろ!!

仲間と楽しむ時間にありったけのパワーを使って、仕事なんてもんは二の次だ。

遊び第一!そのポリシーのもと今もフリーランスとしての活動している。

自分の過去を振り返り、記事にして気づいたことがある。

それは、自分を変えたいと思って自分で行動を起こしたときにチャンスがめぐってきたということ。

あたりまえといえばあたりまえ。

でも忘れがち。この教訓を胸にこれからも突き進んでいく。

ブログを読んでくれてるみなさん、改めてよろしくお願いします!!!

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